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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

 ふいに肩に回された手を清花は咄嗟に振り払ってしまった。
 次の瞬間、ハッとして我を取り戻す。
 何たる失態だろう! いかなる事態が起きても、けして素の感情を見せてはならないとあれほど我が身を戒めているというのに。
 よりにもよって、王の前で取り乱すとは、自分が許せない。
「申し訳ございませぬ」
 そんな清花を見、王は愉快そうに笑っている。その笑いの奥に隠されたものが何であるか―、清花は考えるのが怖かった。
 暗愚といわれる王ではあるが、けして馬鹿というのではない。狂人と馬鹿は、けして同じではないだろう。むしろ、王が聡明であり、学問においては幼時から優れた資質を表してきたことを清花は知っている。
「まあ、良いではないか。そなたもその歳だ。幾ら内官とはいえ、好きな女の一人や二人いても、おかしくはあるまい。それは女にやるが良かろう」
 王は事もなげに言い、再び先に立って歩き始めた。
目抜き通りの両側には、他にもたくさんの露店がひしめいている。王は愉しげにその一つ一つを眺めながら進んでゆく。
 ほどなく露店が途切れ、ひっそりとした界隈に差しかかった。
 いわゆる花街、色町である。最近、王が脚繁く通う翠月楼のような妓楼が軒を連ねているが、夜は女を買う男たちで賑わう色町も真昼の今はしんと静まり返っていた。
 夜は活気づく街だが、こうして明るい陽の光の下で見ると、うらぶれた雰囲気は隠せない。やはり、こうした夜の街は、陽が落ち、夜の帳が降りてからこそ輝いて見えるのだろう。
 ほどなく翠月楼に到着し、王は一人で中に入ってゆく。ひとたび登楼したら、どんなに早くても一刻は出てこない。

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