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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

 更にそれからひと月が経過した。
 その日、王は珍しく午前中は大人しく大殿で執務をこなした。とはいっても、回されてきた書類に形式的に眼を通し、玉爾を捺すだけのことだ。それでも、この女と遊び戯れるか歌舞音曲に打ち興じることにしか興味のない王が執務机に向かうのは稀有なことである。
 その傍らで玉爾を捺した書類を次々に受け取り、きちんと纏めながら、珍しいこともあるものだと清花は苦笑いした。
 〝趙内官〟の給仕で昼食を終えた後、例の〝今日もゆくぞ〟が出て、二人は例のごとく秘密の通路を経て町に出てきたというわけである。 
 清花は低声(こごえ)で王に耳打ちした。。
「殿下、町中でご自分を〝予〟と仰せになるのは、やはり、お控えになった方が良いと存じます。万が一、ご身分が露見しては厄介なことになります」
 民を苦しめる稀代の暴君だなどと知れては、その場で袋叩きに遭いかねない。憎むべき男ではあっても、とりあえず、伴をする立場としては王の身の安全は守るのが務めだ。それに―、この男の息の根を止めるのは他の誰でもない、自分でなければならない。
 昏い気持ちでそんなことを考える。
 清花の気持ちなど知らない王は、のんびりと間延びした声で応える。
「そうだな。確かに、そなたの申すとおりだ。だが、趙内官、それを申すなら、そなた自身も私を〝殿下〟と呼ぶのは、いかにもまずかろう」
「真に仰せのとおりにございます。迂闊にも気が付きませず、失礼致しました。以後は十分に気をつけるように致します」
 清花が丁重に詫びると、王は破顔した。
「毎度ながら律儀な奴だ。そこまで恐懼して謝るほどのことでもあるまい」
「ところで、殿下―」

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