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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 何故か滲んできた涙を清花はまたたきで散らし、そっと靴と靴下を脱いだ。
 張尚宮に見つかれば、到底ただでは済むまいが、これくらいは許されるだろう。と、一人で決め、井戸に落とした釣瓶を引き上げ、汲みたての水をそっと脚にかける。ひんやりとした水が火照った素足に心地良く、清花はチマの裾をめくり、白い脹ら脛を惜しげもなく晒すと、そこにも水をかけた。
 そのときだった。
「ホホウ、昼日中から、これは良い眼の保養をさせて貰った」
 静寂を破る男の声に、清花は息を呑み、背後を振り返る。
 緋色の眼にも鮮やかな上衣に大胆な金糸の龍が縫い取られている龍袍は、国王にのみ許される正装である。
「―!」
 清花はその身を強ばらせ、慌てて頭を下げた。
「何とも白い膚だ。まるで雪のようではないか、触り心地もさぞ良かろう」
 清花はその言葉に凍りついた。嫌らしげな王の視線が清花の脹ら脛に向けられている。まるで蛇が捕らえようと狙いを定めた獲物を遠巻きに睨(ね)めつけているような視線だ。
 狼狽え、清花はチマの裾を元に戻した。
「そなた、名を何と申すのだ?」
 まさか、このような場所で国王に出くわすとは考えてもいなかった清花であった。
 知らず後ずさる清花を追いつめるように、王が近づいてくる。
「何故、応えぬ? 黙(だんま)りにでもなったか?」
 清花は夢中で首を振り、後ろへと身を退いた。荒んだ生活を物語るかのように、王の顔色は蒼白い。いや、血の気がないというよりも、膚そのものが黄ばんで、弛んでいるように見える。その張りのなさは到底、二十歳になったばかりの若者とは思えず、くぼんだ眼だけが異様な輝きを帯びていた。

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