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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 これが本来の若者らしい健やかさを取り戻せば、かなりの美男だといえるだろう。が、今の王の容貌には、辛うじてその名残が窺えるだけで、人生に疲れ切った八十過ぎの老翁のようであった。
―怖い。
 清花は咄嗟にチマの裾を翻し、その場から逃げ去った。
 王が追いかけてきたらと怖くてならなかったが、無事、逃げ切ることができたようだ。
 それにしても、初めて間近で見る国王殿下があのような男だとは。宮殿にはこれまでの幾多の政変、謀反で無念の死を遂げた無数の亡霊が彷徨っているというけれど、まるで、その亡霊が本当に姿を現したのではないかとさえ思った。王はそれほどまでに禍々しく怖ろしげな風貌をしていた。
 確か王は今年、二十歳だと聞いている。これまで遠くからしか見かけたことがなく、清花は陽徳山君の顔をしかと見たことはなかった。
 むろん、後宮に九年もいれば、王についての数々の醜聞は嫌でも耳に入ってくる。我が儘で一度言い出したら、絶対に後には退かず、美しい女官には眼がない。そのお陰で、陽徳山君には側室が二十人近くもいる上に、一、二度の夜伽の相手まで含めれば、後宮の若い女官の半分以上がお手つきなのではないかとさえ囁かれている有様なのだ。
 陽徳山君は先代隆宗(ヨンジヨン)の第三王子として生まれた。生母張氏は、その死後、嬪(ひん)の位を賜ったものの、生前はれきとした後ろ盾もなく不遇な妃であった。陽徳山君には姉妹の他に二人の兄と一人の弟がいたが、皆、十歳までに病で早世している。そんな経緯もあって、世子(セジヤ)は自ずと陽徳山君に定まることとあいなった。

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