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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

 その酒場はどこにでもよく見かける作りで、外に粗末な卓と椅子を置いて、そこで酒肴をつつくようになっている。もう少し銭を出せば、離れのようになった座敷に案内して貰え、そこで寛げる。離れといっても、ちゃんと独立した一軒家風の建物だ。
 外で呑むのかと思っていたら、王は出てきた中年増の女将に向かって、座敷へ上がると言った。
 どうやら、この酒場は見てのとおり、閑古鳥が啼いているらしい。女将はふいに現れた客がその身なりからして両班の若さまだと見当をつけたようだ。上客だと見込んだ女将は、まさに揉み手をせんばかりに愛想を振りまいた。
「ささ、どうぞ、どうぞ。今は丁度空いておりますから」
 と、すぐさま離れに通された。
「よほど暇なのであろう」
 王は物珍しげに室内を眺め回している。妓楼には上がったことはあっても、このような場末の酒場に来たのは初めてなのだ。
 が、室内は、予想していたよりは綺麗だった。掃除もきちんとゆき届いている。
 部屋には一応、座椅子も飾り棚も備え付けになっていて、質素なものではあるが、品は悪くはない。
 小さな棚の上には花器に入った紫陽花まである。まだ色もうつろわぬ、白っぽい紫陽花だ。あの女将は見かけよりは趣味が良いらしいと、清花もまたぼんやりと周囲を眺めながら考えていた。
 ほどなく扉が開き、女将が酒肴を乗せた小卓を運んできた。
「どうぞごゆっくりなさって下さいまし」
 女将が愛想の良い声と共に出ていった後、清花は話を切り出した。
「殿下、先刻の話でございますが、やはり、私は春月を後宮にお迎えになるのは上策だと存じます」

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