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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

 王が蒸し鶏を箸でつつきながら、上目遣いに清花を見る。
「何故、そのように思う」
「まず一つは、殿下がお忍びで外出なさる必要がなくなります。殿下はこの国にとっては至高のおん大切なお方ゆえ、やはり、危険の伴うお忍びでの外出はできるだけ控えられた方がよろしいかと。更に二つめは、春月を宮殿に住まわせれば、今日のようなことはなくなります。殿下はいつでもお逢いになりたいときに、春月にお逢いになれましょう」
 清花が言い終わると、王が憮然として言った。
「春月の話は今はどうでも良い」
 そう言って射貫くように見つめてきた王の眼が据わっている。だが、小卓の上の銚子はまだ手を付けられてもいないのだ。
 気違いというのは、酒が入っているときよりも、素面のときの方が怖いのだろうか。
「趙内官は、やけに春月にこだわるな。さては、あやつに惚れたか」
 王がさもおかしい冗談を口にしたように、一人で笑い声を上げる。が、その瞳は全く笑っていない。しんと醒めている。
―この瞳。
 吹き荒れる吹雪のような冷たい瞳は、あの夜の記憶を呼び起こす。この男に好きなように身体を弄られ、陵辱された汚辱の夜を。
 ふいに、王が小卓を脇に寄せ、ぐいと身を乗り出してきた。
「―それとも、春月に妬いておるのか?」
 異様な光を帯びた双眸が近づいてくる。
 〝趙内官〟となってから、これまでに感じたことのない恐怖心を感じ、清花はつい、咄嗟に顔を背けてしまった。
「ご冗談を。殿下もお人が悪すぎます」
 清花が視線を逸らしたまま、やっとの想いで言うと、王もまた笑った。
「そうだな、まあ、そなたも呑め」
 王が傍らの小卓から銚子を取り上げる。

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