妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第5章 讐
いいえ、と、清花は首を振る。
「寒雨(ハンウ)という妓生の詠んだ歌だ。ひどい雨の中を通ってきた恋人に対して読んだものらしい。賤しい妓生の歌といえども、心底から男を想う真心に溢れている。実に羨ましいものだ。予には、夕立に濡れ放題になっても、心より案じてくれる女は一人もおらぬ。予の周りに寄ってくるのは、皆、予の座る玉座や国王という地位に眼が眩んだ欲深な女どもばかりだ」
何故、王が唐突に妓生の詠んだ詩を持ち出してきたのか、その心を計りかねる。
沈黙を持て余しそうになった時、意外な言葉が耳に飛び込んできた。
「趙内官、予はそなたにどこかで逢ったような気がしてならぬ、何故であろう」
内心ヒヤリと背中に氷塊を入れられたような気がした。
「お気のせいにございましょう」
辛うじて何でもない風を装ったが、薄氷の上に立っている気分だ。そして、次の王の科白に、清花は更に動揺を深めた。
「予は昔、そなたにとてもよく似ておる者を見たことがある。自分の身よりも他人の心配ばかりするような心優しき娘だった」
王は懐から小さな布包みを取り出した。まるで最愛の女人を愛おしむかのような手つきで包みを解くと、小さな銀細工の簪を差し示した。
「これは、その女が予に譲ってくれたものだ」
清花は震える手で簪を受け取る。
―私は哀しいときや挫けそうになったときは、この簪を見て自分を励ましてきました。だから、今度は殿下が―こんなものでよければ、この簪を見て、負けるものかとご自分を励まして下さい。
「寒雨(ハンウ)という妓生の詠んだ歌だ。ひどい雨の中を通ってきた恋人に対して読んだものらしい。賤しい妓生の歌といえども、心底から男を想う真心に溢れている。実に羨ましいものだ。予には、夕立に濡れ放題になっても、心より案じてくれる女は一人もおらぬ。予の周りに寄ってくるのは、皆、予の座る玉座や国王という地位に眼が眩んだ欲深な女どもばかりだ」
何故、王が唐突に妓生の詠んだ詩を持ち出してきたのか、その心を計りかねる。
沈黙を持て余しそうになった時、意外な言葉が耳に飛び込んできた。
「趙内官、予はそなたにどこかで逢ったような気がしてならぬ、何故であろう」
内心ヒヤリと背中に氷塊を入れられたような気がした。
「お気のせいにございましょう」
辛うじて何でもない風を装ったが、薄氷の上に立っている気分だ。そして、次の王の科白に、清花は更に動揺を深めた。
「予は昔、そなたにとてもよく似ておる者を見たことがある。自分の身よりも他人の心配ばかりするような心優しき娘だった」
王は懐から小さな布包みを取り出した。まるで最愛の女人を愛おしむかのような手つきで包みを解くと、小さな銀細工の簪を差し示した。
「これは、その女が予に譲ってくれたものだ」
清花は震える手で簪を受け取る。
―私は哀しいときや挫けそうになったときは、この簪を見て自分を励ましてきました。だから、今度は殿下が―こんなものでよければ、この簪を見て、負けるものかとご自分を励まして下さい。