妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第5章 讐
忘れるはずもない。あの時、清花は確かにそう言って王に父の形見の簪を渡したのだ。それにしても、王は、自分が手渡した父の形見の簪を今まで後生大切に持ち歩いていたのか。その事実に、清花は大きな衝撃を受けていた。
「亡くなった父親の形見だという簪をその女は惜しげもなく予に差し出した。―笑顔の愛らしい、本当に心のきれいな少女だった」
徐々に雷鳴が近づいてくる。雨が降り出したのか、雨滴が軒を打つ音が聞こえ始めた。
「予はその者を欲していた」
王の声が雨音に混じる。雨は止むどころか、いっそう烈しくなり、直に大降りになった。
「いや、そうではない」
王は首を振った。
「欲していたのは確かだが、そういう言い方はふさわしくないだろう。予はその者を愛していた」
清花は最早、相槌を打つことすらできなくなっていた。だが、と、王の言葉が途中で途切れる。フッと自嘲めいて笑い。
彼は烈しいまなざしで清花を見た。
「その者は最後まで予の方を振り向こうとはしなかった」
「―愛していた?」
清花の声もまた烈しい雨に溶け込んでゆく。
「ああ、もっとも、彼(か)の者は男ではない、ちゃんとした女だ。―気の遠くなるよう昔の話だがな。それでも、予にとっては一生に一度の本気の恋だった。あのときまでもあれからも、ああまで愛した女は他におらぬ」
遠い瞳が過去を思い出そうとするかのように細められる。
そのあまりにも哀しげな瞳の色に、清花の心は大きく揺れた。
「亡くなった父親の形見だという簪をその女は惜しげもなく予に差し出した。―笑顔の愛らしい、本当に心のきれいな少女だった」
徐々に雷鳴が近づいてくる。雨が降り出したのか、雨滴が軒を打つ音が聞こえ始めた。
「予はその者を欲していた」
王の声が雨音に混じる。雨は止むどころか、いっそう烈しくなり、直に大降りになった。
「いや、そうではない」
王は首を振った。
「欲していたのは確かだが、そういう言い方はふさわしくないだろう。予はその者を愛していた」
清花は最早、相槌を打つことすらできなくなっていた。だが、と、王の言葉が途中で途切れる。フッと自嘲めいて笑い。
彼は烈しいまなざしで清花を見た。
「その者は最後まで予の方を振り向こうとはしなかった」
「―愛していた?」
清花の声もまた烈しい雨に溶け込んでゆく。
「ああ、もっとも、彼(か)の者は男ではない、ちゃんとした女だ。―気の遠くなるよう昔の話だがな。それでも、予にとっては一生に一度の本気の恋だった。あのときまでもあれからも、ああまで愛した女は他におらぬ」
遠い瞳が過去を思い出そうとするかのように細められる。
そのあまりにも哀しげな瞳の色に、清花の心は大きく揺れた。