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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

 今こそ、あの男の無念を晴らすときが来たのだ!!
 清花は素早く懐から短刀を取り出す。
 鬼神のごとき早業で刃を抜くと、思いきり振り上げた。
「国王殿下、お覚悟を。お生命頂戴致します」
 叫ぶと、渾身の力を両手に込め、刃を一挙に振り下ろした。
 まさに心ノ臓をひと突きにする見事な一撃だった。短刀が刺さった王の胸から鮮やかな血が溢れ、藍色の上衣を血の色に染める。
 コポッと嫌な音がして、口からも大量の血が溢れ出した。
「―見事なものだ。短期間でよくぞここまでの技を身につけたな。呑めぬ酒も呑めるようになって―、一度で良い。予は、そなたと夫婦として、差し向かいで酒を飲み交わしたかった。王などではなく、ただ人で、一日の仕事を終えて家に戻った予をそなたが笑顔で迎えてくれる。そなたが縫いものをしている傍らで、予は少しの酒を嗜む。貧しくとも良いから、そんなごく当たり前の暮らしがしてみたかった」
 その瞬間、彼は確かに見ていたのだ。
 慎ましやかな一軒家で微笑み合い、幸せそうに寄り添い合う若い夫婦の姿を。妻一人を守り、優しく最愛の妻を見守る良人は紛れもなく彼であり、頬をうっすらと染めて良人を見つめる美しい妻は清花であった―。
 王の身体がユラリと傾く。
「殿下―」
 清花は咄嗟に王の身体を抱き止め、支えた。
 考えてしたことではない。気が付けば、身体が勝手に動いていた。
「これで良い、心底惚れた女の手にかかって死ねるなら、男として本望ではないか、なあ、清花よ」

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