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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 彼の父隆宗は特に女好きというわけではなかった。賢君と呼ばれるほどではなかったものの、父祖から譲られた王座を堅実に守り抜き、そこそこの安泰を維持できたといえるだろう。
 元々身体の弱かった隆宗は三十七歳という若さで病を得て崩御した。時に世子陽徳山君は十二歳の幼さではあったが、隆宗の血を引く唯一の王子として順当に即位し新王に立てられた。
 陽徳山君もまた父王と同様、生来脆弱な上に忌まわしい持病を持っていた。一日も早く王が何人かの王子を儲け、その中にも一人くらいはマシな王子がいるだろうから、その王子に位を譲って欲しいというのが大臣たちの本音である。
 王は無恥である(王は何をしても許され、恥とは見なされない)―という諺があるけれども、幾ら何でも、今の国王の治世には汚点が多すぎる。三代に渡って忠誠を誓って仕えてきた功臣孫英善、更にその息子猛善を死に追いやり、昼日中から複数の女官を傍に侍らせ、淫行に耽っている。
 猛善のことがあるため、誰も王に諫言を試みる者はいなかった。王の非道の数々に眉を顰める心ある者は多くいても、誰しも我が身は可愛い。それに、自分だけでなく、妻子や家門にまで累が及ぶとすれば、暴君に意見できる者がいるだろうか。
 陽徳山君は即位した年、王妃を迎えた。即ち、仁明(インミヨン)王后である。が、大臣の姫君として生まれたときから后がねとして育てられた仁明王后は気位が怖ろしいほど高かった。十二歳の王より二つ年上ということもあり、二人が並んでいると夫婦というよりは厳しい姉と出来の悪い弟といった印象があった。

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