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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

「殿下、もう、これ以上喋らないで下さい」
 清花はハッとした。
 自分の頬が濡れていることに気付いたのだ。茫然と濡れた頬を片手で押さえる清花を見つめ、王が微笑んだ。
「清花、泣いているのか―。そなたの恋しい朴内官を殺した予のために涙を流してくれているのか」
 幸せだったぞ、清花。たった二年ほどではあったが、予は恋い慕う女の側にいられたのだ。もっと早くに気付けば良かったが、やはり、これで良かったのだろう。真実を知っていたら、予は、また無理強いをして、そなたを泣かせたやもしれぬ。
 王は、最愛の女に最後に告げたかった科白を深く呑み込んだ。
 何も言わないでゆく方が良い。
 今更、何をどう言ったとしても、この女を余計に苦しめ、混乱させるだけだ。
 王は静かに眼を閉じた。
「殿下」
 清花は息絶えた王の身体を腕に抱いたまま呟くと、また、ひとしずくの涙を零した。
 恋しい女の腕に抱かれ永遠の眠りについた王の表情に苦悶はなく、むしろ心から安らいで眠っているかのように見えた。
 清花はなおも王を抱いていたが、やがて、立ち上がった。まだ温もりの残る王の骸をそっと横たえる。
 両手を組んで眼の高さに持ち上げて座り、深々と頭を下げ、国王に対する最後の拝礼を行った。
 扉を開けると、既に雨は止んでいた。
 嘘のように晴れた空が次第に暮れなずんでいっている。鮮やかな夕焼けが空を燃え上がらせていた。

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