妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第1章 闇
仁明王后自身は美貌の誉れ高く、気品と教養を兼ね備えた申し分のない姫君であった。王は美しい女を好んだが、この権高な年上のの妻だけは扱いかねたようである。二人の夫婦仲は終始よそよそしく、それは仁明王后が結婚後四年して亡くなるまで変わらなかった。
結婚三年めの春、宮殿は歓びに湧いた。仁明王后の懐妊が明らかになったからである。冷淡な夫婦ではあっても、王は王妃の父である大臣の手前、お義理でたまには王妃の許で夜を過ごした。その甲斐あってか、王妃は懐妊し、周囲は正室を母とする王子誕生に期待をかけた。
だが、王妃は妊娠七ヵ月の終わりに亡くなった。今で言う妊娠中毒症で、亡くなる間際には脚が痛々しいほど腫れ上がり、歩くことさえままならなかった。まだ十八歳の若さで―しかも王の初めての御子を胎内に宿したまま儚く逝った王妃を周囲は悼んだが、当の良人である王自身は、格別悲嘆に暮れる様子はなく極めて淡々としていた。
以来、王は正室を迎えていない。どれだけ大臣たちが再婚を勧めても、頑として承伏しなかった。どうやら、最初の結婚に辟易したらしい。
―予は二度とあのような実家の威勢を傘に着た偉そうな女はご免だ。
と、けして話に乗ろうとしなかった。
その点、側室たちの許は、彼にとっては安らげる存在であった。皆、両班(ヤンバン)の娘たちばかりで、それなりの家柄の出ではあるが、亡くなった王妃ほど気位の高い女はいない。
王は常に自分を見下したような冷たい視線で見つめていた妻のあの瞳を思い出す度に、二度と妻は要らないと思うのだった。
清花は、王についてのあれこれを頭で思い巡らせながら、深い溜息をつく。誰が見ても二十歳とは思えないほど不健康な王を間近に見て、この国の先行きに不安を憶えずにはいられない。
結婚三年めの春、宮殿は歓びに湧いた。仁明王后の懐妊が明らかになったからである。冷淡な夫婦ではあっても、王は王妃の父である大臣の手前、お義理でたまには王妃の許で夜を過ごした。その甲斐あってか、王妃は懐妊し、周囲は正室を母とする王子誕生に期待をかけた。
だが、王妃は妊娠七ヵ月の終わりに亡くなった。今で言う妊娠中毒症で、亡くなる間際には脚が痛々しいほど腫れ上がり、歩くことさえままならなかった。まだ十八歳の若さで―しかも王の初めての御子を胎内に宿したまま儚く逝った王妃を周囲は悼んだが、当の良人である王自身は、格別悲嘆に暮れる様子はなく極めて淡々としていた。
以来、王は正室を迎えていない。どれだけ大臣たちが再婚を勧めても、頑として承伏しなかった。どうやら、最初の結婚に辟易したらしい。
―予は二度とあのような実家の威勢を傘に着た偉そうな女はご免だ。
と、けして話に乗ろうとしなかった。
その点、側室たちの許は、彼にとっては安らげる存在であった。皆、両班(ヤンバン)の娘たちばかりで、それなりの家柄の出ではあるが、亡くなった王妃ほど気位の高い女はいない。
王は常に自分を見下したような冷たい視線で見つめていた妻のあの瞳を思い出す度に、二度と妻は要らないと思うのだった。
清花は、王についてのあれこれを頭で思い巡らせながら、深い溜息をつく。誰が見ても二十歳とは思えないほど不健康な王を間近に見て、この国の先行きに不安を憶えずにはいられない。