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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 陽徳山君には目下のところ、一人の子女もいない。荒淫が災いしてか、懐妊する側室は結構いるのに、流産したり、折角月満ちて生まれても、死産だったり、産声を上げただけで息絶えてしまうのである。既に数人の御子がそうやってこの世の光を見ることなく儚くなっていた。
 中には〝孫英善、猛善父子の祟りだ〟などと、真顔で囁く輩もいた。
 清花は亡霊の類を鵜呑みにしているわけではないが、それでも、確かに怨念というものはあるだろう。恨みを残して死んでいった霊魂が成仏できず、この世にとどまることだって、或いは全くないとはいえないだろう。
 その点で、陽徳山君はあまりにも多くの人の恨みを買いすぎている。運んできた茶がぬるかったというただそれだけの理由で手討ちにされた内官や、夜伽の命に従わず、生きたまま井戸に投げ込まれた女官の無念の情がこの宮殿に残っていないと誰が言えるのか?
 先刻の王の淫猥な視線を思い出すだけで、総毛立つようだ。美しい女が好きという王が自分のようなさして綺麗でもない女に興味を示すとは思えない。ほんの気紛れにからかわれたにすぎないのだろうとは思うけれど、それでも不安は残った。

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