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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 持ち帰って張尚宮に見せたところ、張尚宮は殊の外歓び、そのまますぐに大王大妃殿まで持ってゆくようにと命じた。
 陽徳山君の祖母に当たる金氏はこの時、六十三歳。十歳の砌、まだ世子であった良人高宗(ゴジヨン)に嫁ぎ、世子(セジヤ)嬪(ビン)に冊立された。高宗の父明(ミヨン)宗(ジヨン)の崩御と同時に高宗(ゴジヨン)が即位、それにより金氏もまた王妃に立てられる。時に二十歳の若い王妃であり、既にその時、第一王子義明(ウイミヨン)君(後の隆宗)は二歳になっていた。
 高宗との間には二男一女を儲けたが、良人や息子たちに次々と先立たれ、淋しい生涯であった。
 現国王は常識とか良識といったものとはおよそ無縁だと思われている。しかし、孫である陽徳山君はこの祖母には礼を尽くし、孝養を惜しまなかった。三日に一度、大王大妃殿を訪れては、ご機嫌伺いを欠かさない。茶菓を囲んで、普段は心淋しい日々を送る祖母と一刻余り歓談してゆくのが日課となっている。
 その日、清花は張尚宮の伴をして大王大妃殿を訪ねることになった。むろん、清花が作った棗のゼリーと蒸し饅頭も一緒である。
 張尚宮は大王大妃の前で拝礼を行った後、畏まって座る。その少し後ろに清花が小卓を恭しく捧げ持って控えた。
 鶯色の座椅子にゆったりと凭れかかった金氏はむろん、上座に位置している。緑色を好むのか、やはり渋い緑のチョゴリに群青のチマを纏っていた。少し身動きする度に、髪に挿した幾本もの簪がかすかな音を立てて揺れる。高々と結い上げた髪には半分以上白いものが目立ってはいたものの、若かりし頃の美貌の余韻は十分に窺えた。
「張尚宮は心配性だな。昨日、顔を見て帰ったばかりであろう」
 金氏は笑いながら言った。

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