妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第2章 恋
「畏れながら、私は天涯孤独の身にて、六つで入宮してからというもの、大王(テーワン)大妃(テービ)さま(マーマ)を実の母のように思わせて頂いて参りました。その大王大妃さまの御身に万が一のことがあれば、この私も生きてはいられませぬ」
「相変わらず大袈裟な物言いをすることよ。張尚宮、私はいささか長生きしすぎた。もっと早くに御仏の御許に召されていれば、良人ばかりか二人の息子たちや嫁までが次々先立つのを見送らずに済んだものをと、のうのうと生き存えた我が身が恨めしい」
金氏のしみじみとした述懐に、張尚宮は顔色を変えた。
「何を気弱なことを仰せになられます? 大王大妃さまには、王室の長老としてまだまだ長生きなさって頂かねばなりませぬ」
金氏が淡く微笑して、頷く。その瞳には深い諦めの色があった。
「そうだな。私も最近は、そんなことばかり考えるようになった。甲斐のない身ではあるが、天がこの年寄りを今日まで生かしておいでになったのには、やはり、それなりの理由というものがあるのだろう。折角、二人の息子を授かりながら、私は息子たちを守り切れず、旅立たせてしまった。だが、幸いにも先代の主上(サンガン)は立派な孫を残してくれたのだ。今の私の望みは国王殿下が一日も早く世継に恵まれ、この朝鮮王室の続いてゆくのを見届けることよ」
果たして立派な孫といえるのかどうか―、恐らく、この場にいた誰もが疑問を感じたに相違ない。が、たった一人残された大王大妃の心境としては、これは当然であったろう。
我が子に先立たれてしまった今となっては、残るのは陽徳山君一人なのだ。この孫をせめて生きる希望にしなければ、どうやって日々を過ごせてゆけるだろう。
それに、王はこの祖母には申し分のない孫だ。王の蛮行、奇行が大王大妃の耳に入らぬはずはないのだが、祖母の立場としては到底信じられない、いや、信じたくない話だ。
「相変わらず大袈裟な物言いをすることよ。張尚宮、私はいささか長生きしすぎた。もっと早くに御仏の御許に召されていれば、良人ばかりか二人の息子たちや嫁までが次々先立つのを見送らずに済んだものをと、のうのうと生き存えた我が身が恨めしい」
金氏のしみじみとした述懐に、張尚宮は顔色を変えた。
「何を気弱なことを仰せになられます? 大王大妃さまには、王室の長老としてまだまだ長生きなさって頂かねばなりませぬ」
金氏が淡く微笑して、頷く。その瞳には深い諦めの色があった。
「そうだな。私も最近は、そんなことばかり考えるようになった。甲斐のない身ではあるが、天がこの年寄りを今日まで生かしておいでになったのには、やはり、それなりの理由というものがあるのだろう。折角、二人の息子を授かりながら、私は息子たちを守り切れず、旅立たせてしまった。だが、幸いにも先代の主上(サンガン)は立派な孫を残してくれたのだ。今の私の望みは国王殿下が一日も早く世継に恵まれ、この朝鮮王室の続いてゆくのを見届けることよ」
果たして立派な孫といえるのかどうか―、恐らく、この場にいた誰もが疑問を感じたに相違ない。が、たった一人残された大王大妃の心境としては、これは当然であったろう。
我が子に先立たれてしまった今となっては、残るのは陽徳山君一人なのだ。この孫をせめて生きる希望にしなければ、どうやって日々を過ごせてゆけるだろう。
それに、王はこの祖母には申し分のない孫だ。王の蛮行、奇行が大王大妃の耳に入らぬはずはないのだが、祖母の立場としては到底信じられない、いや、信じたくない話だ。