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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 王と大王大妃が水入らずで過ごす時間、女官や尚宮はすべて遠ざけているため、二人の間でどのような会話が交わされているのかは判らない。
 もとより、部屋のすぐ外には尚宮や女官たちが控えてはいるものの、声を荒げでもしない限りは、詳しい内容まで聞き取るのは難しいのだ。和やかな祖母と孫だけの時間が流れていることは疑いようもないのだが、果たして、金氏が王に諫言めいた話をしているのかどうか―、余人は窺うすべもないのだ。
 金氏は我が身の安泰のために、言うべきことを言わないような女性ではない。情理を備え、慈しみ深い人であった。ならば、金氏が敢えて王を教え諭そうとはしないのは、既に諦めているのかもしれない。老いた祖母にだけは優しい一面を見せる王であっても、祖母が説教めいたことを口にすれば、どのように豹変するかは計り知れない。
 すべてのなりゆきを少し離れた場所から静かに見つめている―、大王大妃の王に対する接し方には、そのような様子が見られた。他人はそれを無責任だとか我が身が可愛いのだと非難するかもしれないが、六十を過ぎた、たった一人の老婦人に何ができたというのだろう? それは様々な葛藤を内に抱え込みながらも、己れの心を殺し空にすることで乗り越えざるを得なかった一人の女人の辿り着いた諦観の境地であった。
「仰せのとおりにございます。我ら後宮にお仕えする女官一同もまた元子さまご誕生をどれほど心待ちにしておりますことか」
 張尚宮が相槌を打つと、背後を振り返り、小声で言った。
「例のものを」
 清花が頷き、捧げ持った小卓をしずしずと御前に運ぶ。
「これは?」
 物問いたげな眼を向ける金氏に、張尚宮は畏まって応える。

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