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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

「先日、大王大妃さまが仰っていた干し棗を使った料理にございます。清花。ご説明をしなさい」
 促され、清花は丁重に説明した。
「こちらは干し棗を細かく砕いたものを寒天で固めました。また、あちらは同じく干し棗を生地に混ぜた蒸し饅頭にございます」
「ホウ、なかなかに見た目も美麗だな」
 金氏は眼尻に細かな皺の寄った棗形の瞳を少女のように期待に輝かせる。若い頃はさぞかし良人だった国王の心を捉えたであろう形の良い双眸だ。
 その時、両開き戸の向こう―廊下から女官の声が遠慮がちに響いた。
「大王(テーワン)大妃(テービ)さま(マーマ)、国王(チユサン)殿下(チヨナー)のお渡りにございます」
「おお、主上(サンガン)がお見えになったか。丁度良いところだ、さ、すぐにお通しせよ」
 金氏は更に瞳を悪戯っぽくきらめかせた。
 ほどなく外側から扉が開き、国王陽徳山君が姿を見せる。その場に居合わせた一同は皆、深々と頭を垂れた。
 国王は祖母の前で拝礼を済ませた後、文机を挟んで向かい合う形で下座に座った。
「祖母(ハルモニ)上、お身体の調子はいかがにございますか?」
 気遣いを見せる孫に、金氏は優しい笑みを見せる。この光景だけを見ていれば、貴賤を問わない祖母と孫の心温まる触れ合いに見えるだろう。また、心から老いた祖母を労ろうとする若い王のどこにも、狂気の片鱗すら見当たらなかった。
「主上はご運の良き方にございますね。今、貴重なものが届いたばかりなのですよ」
 いつになく弾んだ大王大妃の声に、お付きの尚宮や女官たちがそっと顔を見合わせる。彼女たちにしてみれば、陰で〝気違い〟だと噂される国王とはできれば同じ場に居合わせたくないのは、もっともなことだ。この王は機嫌が良くても、いつ、別人のようになるか判らない。それも、取り立てて怒るようなことでもない些末なことが逆鱗に触れ、生命取りになりかねない。

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