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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 が、王は彼女たちの心中など素知らぬ風に、興味深そうに言った。
「はて、貴重なものとは何にござりましょう」
 そう言った王の視線がつと動き、清花の前で止まる。それまで凪いだ海のように穏やかだった瞳にユラリと妖しい光が揺らめいた。
「数日前でしたか、張尚宮が私の許に来て、食が落ちているのを案じてくれたのです。それで、このようなものを作って、わざわざ届けてきたのですよ」
 我が事のように誇らしげに言う祖母を王は眼を細めて見つめ、深く頷いた。その双眸には、先刻かいま見せた昏(くら)い光は微塵もない。
「それは、よろしうございました。どれ、祖母上がそこまでお歓びになったものとは、一体何でしょう? 私も並々ならぬ興味がございます」
 王は朗らかに応え、清花の方に改めて視線を向ける。
 清花はその刹那、身体中の血が瞬時に凍るような想いがした。先刻射貫かれたように見つめられたときもそうだったが、何故か、この王に見つめられだけで、見えない鎖に全身を絡め取られでもしたかのように身動きできなくなる。
―怖い方。
 今、王は特に清花だけを見ているわけではない。視線はあくまでも小卓の上の料理に向けられているはずなのに、冷え冷えとしたまなざしに晒され、身体全体が氷と化してしまったかのように冷たい。
「これは生菓房で作らせたのか?」
 金氏が気さくな様子で訊ねると、張尚宮は我が手柄のように胸を張った。
「これらをお作り致しましたのは、ここに控える具清花にございます」
 初めて金氏の視線が清花に向けられた。
「ホホウ、その年若い女官が作ったと申すか」
 張尚宮が我が意を得たりとばかりに頷く。

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