テキストサイズ

妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 そんな時、清花はいつも母の口癖を思い出すのだった。清花の父は貧しい銀細工職人だった。かなりの腕を持っていて、高名な親方の工房で働いていたのだが、偏屈というか、職人にはありがちな意固地さがあった。その性格が災いして、親方とは度々衝突し、ついに工房から追い出されたのだ。
 常に己れの力を出し切って最高の品を作ろうとする父と、値段に見合った品を―多少手を抜くことも憶えろと勧めた親方とは根本的に考えが違ったのだ。その頃、まだ六歳だった清花にでさえ、恐らくは父よりも親方の言う方が正しいのだろうとは漠然と理解できた。
 凝った作りの作に法外の値が付くのは当然のことで、そのような高価なものばかりを作っていたのでは儲けにならない。勢い、手頃な価格のものを量産したくなるというわけで、そのためには常に最高の品ばかりを作っていては駄目なのである。
 が、父にはその辺が判らなかった。父は職人としては素晴らしい腕を持っていたが、商いのことに関してはからきし無能だったのだ。工房を出てから、父は人が変わったようになった。酒も博打も一切縁のなかった男が昼間から酒浸りになり、賭場に頻繁に出入りするようになった。妓楼にも脚繁く通っているらしく、安物の白粉の匂いを身体中に纏いつかせていたものだ。
 そんな父を母は哀しげに見つめているだけで、表立って咎めはしなかった。母はいずれ父が眼を覚ましてくれるのだと信じていたようだが、その儚い期待はすぐに潰えた。
 賭場での諍いに巻き込まれた父は、三十そこそこの若さで逝った。何でも父自身は全く拘わりのなかった客同士の喧嘩の仲裁に入って、逆に相手から匕首で刺されたのだそうだ。
―馬鹿だよ、お前さんは。赤の他人同士の喧嘩なんて、見て見ぬふりをしてれば良いものを。また、変な義侠心を出したんだろう、え?

ストーリーメニュー

TOPTOPへ