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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 物言わぬ骸となって無言の帰宅を果たした父に、母はそう呟き取り縋って号泣した。
 母は内職の仕立物をしながら、清花を育てた。が、元々苦しい生活は父という大黒柱を失い余計に傾くばかりだった。父の死後二年経ち、清花は母の苦労を見かねて自分から女官になると言い出したのだ。
 人知れず咲いて散る花、それが当時の後宮女官を喩えた言葉だ。ひとたび後宮の女官となれば、国王の女と見なされ、生涯結婚もできず、顔さえろくに見たこともない国王に操を立てて独身を貫くのだ。後宮に幾千の女がひしめいていても、王に見初められ寵を得る幸運な女人はせいぜいが一人か二人。まさに砂漠で砂に紛れ込んだ砂金のひと粒を探すようなもので、大概の女官たちは花の盛りを誰に愛でられることもなく、ひっそりと花開き、散ってゆく運命を強いられる。
 当時であれば、女官の悲惨な運命は誰もが知るところであり、むろん、清花の母も娘の決心を知ったときには猛反対した。
―女は惚れた男に嫁いで、子をなしてこそ幸せというものだ。馬鹿なことを考えるのは金輪際、お止め。
 だが、清花は大人しげな外見に似合わず、一度決めたら梃子でも動かない意志の強さがあった。
―全く、誰に似たものやら。この頑固さはあの人譲りだねぇ。
 苦笑いを浮かべた母は泣いていた。
 女官になれば、その家族にも決まっただけ米などの支給が受けられる。清花は言わば、生活の安泰と引き替えに、女としての幸せを棄てたのだ。
 そうして入宮してから、はや九年、張尚宮は謹厳な人ではあるけれど、見るべきところはちゃんと見ていてくれる。粗相はよくするが、他人のやりたがらない仕事を最後まで真面目にこなす清花の陰陽向のない働きぶりはちゃんと評価してくれる。

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