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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

「お言葉、肝(プン)に銘じまし(ブパツチヤツケ)てございます(ソニダ)」
 張尚宮は深々と頭を垂れた。
 大王大妃殿を退出した後、張尚宮は上機嫌で、昼下がりから夕刻までは自室で休憩しても良いと言ってくれた。
 自室に戻った清花は、袖にしまっていた巾着を改めて取り出す。ピンク色と白の巾着には同色の飾りがついている。中からは翡翠の腕輪が二本と珊瑚の指輪と耳飾りが出てきた。たったこれだけで、清花の家族が一年どころか二、三年、暮らせるだけの価値がある。
 清花はその場に膝を抱えて蹲った。これだけの値打ち物をあっさりと一介の女官に下賜できる女人もいれば、清花の母のように一年中働き通しに働いても、その日が暮らせない貧しい女もいる。
 世の中はつくづく不公平だと思う。誰もが望んで貧民に生まれるわけではないのに、生まれたその瞬間、いや、生まれる前―母親の胎内に宿っている頃から既に身分はきっちりと決められ、よほどのことがない限り、そこから這い上がれはしない。
 清花の両親のように貧しい民は、たとえ一生かかっても、貧しさから逃れるすべはないのだ。
 大王大妃は知性と教養に富み、若い頃は〝緋牡丹のごとし〟とその美貌を謳われたほどの佳人であったという。政略結婚を厭がっていた当時、十歳の世子が許嫁をひとめ見た刹那、あまりの可憐さ、美しさに魅了されてしまった―というのは有名な逸話だ。
 王妃は大抵は飾り物という感が大きく、国王はあまたの側室を侍らせるのが常であった当時、良人となった高宗は側室の数は必要最小限にとどめ、いつも王妃一人を熱愛した。
 良人に愛される妻であり、二人の王子にも恵まれた母となった彼女を妬むかのように、天は良人と二人の息子を奪い去った。
 何もかもに恵まれ時めいた王妃時代に比べて、今の彼女の日々は何と侘びしいものか。今の彼女は脚繁く訪ねてくる孫を生きるよすがにして日々を過ごしているようなものだ。

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