妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第2章 恋
むろん、清花は、あの優しい眼をした老婦人には何の恨みもない。でも、何もしなくても安楽な老後を悠々自適に過ごせる人がいる一方、母のようにがむしゃらに働いても、少しも暮らしは楽にならない者もいると考えただけで、この世の不条理にやり切れない気持ちになってしまう。
国王殿下にしても然りだ。日毎、夜毎、別の女を閨に侍らせ、酒を浴びるように呑み、政務などろくに振り返ろうともしない。心底から国王を思い諫言を試みた忠臣の首をことごとく斬り、無能な国王に迎合し、おもねる奸臣ばかりに囲まれ、悦に入っている。
王は何故、気付かないのだろう。自分が呑んでいる酒は、民の流す血であることを。
王だけではない、両班と呼ばれる貴族階級、あくどい商いで肥え太った豪商、誰もが自分たちの奢侈な暮らしが貧しい民の犠牲の上に成り立つものだと気付かない。
清花が女官になったことで、母の暮らしは幾ばくかはマシになったはずだ。定期的に米の配給は受けられるし、何より、子ども一人を養育するだけの手間も金も省けたのだから。
それでも、母の暮らしぶりが相変わらず慎ましやかで貧しいことに変わりはない。清花は一年に何度かは張尚宮の許しを得て、実家に戻る。泊まってのんびりしてゆくことなどまではしないけれど、元気でやっている母の顔をひとめ見られるだけで十分だった。
清花が帰る度に、母は涙ながらに言う。
―良い加減に女官を辞めて、帰ってくるわけにはゆかないの?
だが、女官は基本的に一生奉公と決められている。仮に出宮できたとしても、結婚はできず、尼となって寺に入るしか生きる道はない。
その都度、清花は母を抱きしめて言うのだった。
―また近い中に帰ってくるから、それまで身体を大切にしていてね?
国王殿下にしても然りだ。日毎、夜毎、別の女を閨に侍らせ、酒を浴びるように呑み、政務などろくに振り返ろうともしない。心底から国王を思い諫言を試みた忠臣の首をことごとく斬り、無能な国王に迎合し、おもねる奸臣ばかりに囲まれ、悦に入っている。
王は何故、気付かないのだろう。自分が呑んでいる酒は、民の流す血であることを。
王だけではない、両班と呼ばれる貴族階級、あくどい商いで肥え太った豪商、誰もが自分たちの奢侈な暮らしが貧しい民の犠牲の上に成り立つものだと気付かない。
清花が女官になったことで、母の暮らしは幾ばくかはマシになったはずだ。定期的に米の配給は受けられるし、何より、子ども一人を養育するだけの手間も金も省けたのだから。
それでも、母の暮らしぶりが相変わらず慎ましやかで貧しいことに変わりはない。清花は一年に何度かは張尚宮の許しを得て、実家に戻る。泊まってのんびりしてゆくことなどまではしないけれど、元気でやっている母の顔をひとめ見られるだけで十分だった。
清花が帰る度に、母は涙ながらに言う。
―良い加減に女官を辞めて、帰ってくるわけにはゆかないの?
だが、女官は基本的に一生奉公と決められている。仮に出宮できたとしても、結婚はできず、尼となって寺に入るしか生きる道はない。
その都度、清花は母を抱きしめて言うのだった。
―また近い中に帰ってくるから、それまで身体を大切にしていてね?