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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 大王大妃は、張尚宮の跡を継いで、いずれは尚宮にもとまで言った。まあ、それはさておくとしても、自分が凡庸で何の取り柄もないと思い込んでいた清花には嬉しい話だった。
 尚宮は若い女官たちにとっては憧れの役職である。王のお手つき女官で側室にはなれなかった女官を〝承恩尚宮〟、〝特別尚宮〟と呼ぶことがある。尚宮と名はついても、役付きの一般の尚宮とは異なり、あくまでも呼称だけの名誉職である。
 むろん、清花の目指すのは役付きの尚宮であり、たとえ夢で終わったとしても、張尚宮のように能力次第で自分も出世もできるのだと思えるようになっただけでも幸せだった。
 その傍らで、やはり十七歳の娘らしく、恋にもほのかな憧れはある。嫁ぐことは諦めてはいても、一生に一度くらいは心焦がすような恋をしてみたいと夢見る気持ちもどこかにはあった。
 そう、母が仕立ててくれたあの婚礼衣装を身に纏い、心から恋い慕う男の傍らに寄り添う自分、そんな我が身を心に思い描いてみたりもする。
 だが、それは所詮見果てぬ夢だ。後宮に咲く花は国王ただ一人のために咲き、誰の眼にも手にも触れることは許されない。後宮の花を手折ることのできるのは、国王ただ一人なのだ。
 さして美しくもない平凡な自分には、その心配はないだろうけれど、自由に恋ができないという状況は変わらない。
 ふいに、国王の昏いまなざしが瞼に甦り、清花は身震いした。それにしても、王は何故、自分をあんな怖い眼で見るのだろう。
 まるで蛇のように粘着質な、嫌な眼だ。
 あの眼を思い出しだだけで、膚が粟立つような気がする。
 清花は陸(おか)に上がった犬のようにぶるぶるっと首を振る。

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