テキストサイズ

妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 国王殿下は、所詮は自分のような一介の女官には雲の上の方なのだ。雲の上の方と我が身が関わり合う必要はないし、その可能性があるはずもない。
 国王殿下が自分を怖い眼でご覧になる―というのは、やはり自分のとんでもない思い違い、杞憂にすぎないだろう。
 清花は若い娘らしく大王大妃から賜った翡翠の腕輪を嵌めてみる。二つ重ねて嵌めると、手を動かす度、しゃらしゃらと腕輪がぶつかり、涼やかな音を立てた。
「これは早速、春枝に見せなくちゃ」
 親友の張春枝の顔を思い浮かべる。春枝はいつものように大きな眼を見開き、いささか大袈裟なほどに愕き、〝良いわねぇ〟と羨ましがって見せるだろう。
 春枝のその愕きも羨望も見せかけだけのものだと心得ている。春枝はこういった駆け引きというのか、心配りが実に上手い。入宮したばかりの幼い時分から、常に相手が自分に何を求め期待しているのかを的確に把握し、十分にその期待に応えることのできる子どもであった。
 この腕輪を見せたとしても、春枝は羨ましがりはするが、実際にはそれほど羨望を感じてはいない。清花が大王大妃からご褒美に賜った腕輪を見せるのは、やはり、〝羨ましいわね〟と春枝にお愛想でも良いから言って貰いたいと知っているから、そんな素振りをするだけのことだ。
 それだけの気働きのできる春枝だから、彼女の方こそがゆくゆくは尚宮にまで出世するのだとこれまでは信じてきた。でも、清花も少しは夢を持っても良いのだろうか。自分もいつか若い女官たちの憧れとなり、ばりばりと働く尚宮となれる日が来るかもしれないと夢見ても良いのだろうか。
 清花は、そんなことを考えながら、賜ったばかりの翡翠の腕輪を後生大切に巾着にしまい込んだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ