妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第2章 恋
「この簪をよろしければ、お持ち下さいませ。父は些細なことで親方と喧嘩して、工房を追い出され、それからは別人のようになってしまいました。でも、私の記憶に残っている父は昔のままの優しい父です。私は入宮してから、哀しいときや挫けそうになったときは、この簪を見て自分を励ましてきました。この簪が父だと思って―、優しい父の笑顔を瞼に思い描いて乗り越えてきました。だから、今度は殿下が―こんなものでよければ、この簪を見て、負けるものかとご自分を励まして下さい」
「―」
しばらく王から声はなかった。
端整な貌に驚愕の表情がよぎる。
「あっ、ご、ごめんなさい。じゃなかった、申し訳ございません」
清花は咄嗟に我に返った。何という失態だろう! 畏れ多くも国王に賤しい職人風情の父が拵えたものを差し上げるだなんて、しかも、その簪を見て負けるものかと自分を励ましてくれだなんて。
王の貌があまりにも淋しそうだったから、つい言ってしまったのだけれど、国王は友達でも従兄でもない。こんな風に気安く口をきいたこと自体が許されることではないのだ。
「いや、何もそなたが謝るようなことではない」
ややあって、王が低い声で言った。
「だが、その簪は父の形見で、そなたにとっては大切なものなのであろう?」
清花は首を振った。
「大切だからこそ、殿下に差し上げたいと思いました。私の母が幼い頃からよく言っていたんです。他人(ひと)にあげるときは、自分の大切なものをあげなさい、自分にとって価値のないもの、要らないと思うようなつまらないものは他人にあげてはいけませんって」
王の眼がやわらかく細められた。
「清花は可愛いな」
「―」
しばらく王から声はなかった。
端整な貌に驚愕の表情がよぎる。
「あっ、ご、ごめんなさい。じゃなかった、申し訳ございません」
清花は咄嗟に我に返った。何という失態だろう! 畏れ多くも国王に賤しい職人風情の父が拵えたものを差し上げるだなんて、しかも、その簪を見て負けるものかと自分を励ましてくれだなんて。
王の貌があまりにも淋しそうだったから、つい言ってしまったのだけれど、国王は友達でも従兄でもない。こんな風に気安く口をきいたこと自体が許されることではないのだ。
「いや、何もそなたが謝るようなことではない」
ややあって、王が低い声で言った。
「だが、その簪は父の形見で、そなたにとっては大切なものなのであろう?」
清花は首を振った。
「大切だからこそ、殿下に差し上げたいと思いました。私の母が幼い頃からよく言っていたんです。他人(ひと)にあげるときは、自分の大切なものをあげなさい、自分にとって価値のないもの、要らないと思うようなつまらないものは他人にあげてはいけませんって」
王の眼がやわらかく細められた。
「清花は可愛いな」