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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 一方の王は、自分の求愛が拒まれるとは夢にだに考えていないのだろう。
 期待に満ちた瞳で清花の返事を待っている。
「そなたのような心の優しい女は初めて見た。祖母上があれほど嬉しそうなお顔は久しぶりで、予まで嬉しくなった。亡くなった人を悪く言いたくはないが、最初の王妃は心の冷たい、実家の威光を常に背負っているような女だった。予が求めていたのは、一緒にいるだけで心が安まるような女だったのだ。その点、そなたは春風のようにやわらかく、心地良い。料理も上手いし、気配りもできる家庭的な女だ」
「殿下、私は」
 清花は口を開きかけ、言葉に窮した。
 国王からの突然の求婚。それは清花にとって、あまりにも信じられない出来事に他ならなかった。大抵の場合、女なら誰しもが狂喜するのであろうが、清花はただ愕きと戸惑いが渦巻くばかりだ。
「清花。早速、提調尚宮に申しつけて、手筈を整えさせる。今宵か、遅くても、明日の夜には、そなたを寝所に呼ぼう」
 その時、王の淫蕩な眼が清花の全身を舐め回すように辿る。
 また、あの眼だ。初めて出逢ったときから、清花が怖いと思ってしまうあの眼で彼女を眺めている。
「殿下、お待ち下さい。私は入宮したときから、ずっと女官としての勤めひと筋に生きてゆく覚悟で参りました。たとえ国王殿下の思し召しとはいえ、どなたに嫁ぐ気もないのです」
「なに?」
 王の纏っていた雰囲気が一転した。五月のよく晴れた空に瞬く間に暗雲が立ち込めるように、殺気立つ。

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