妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第2章 恋
「申せ、申すのだ。素直に予に抱かれると応えれば、すぐにこの手を放してやる」
しかし、清花には到底、頷くことはできなかった。こんな怖ろしげな男の想いものになるなんて、考えただけでも鳥肌が立ちそうだ。
「こいつめ、あくまでも首を縦に振らぬつもりか」
王の手に一挙に力がこもる。
―く、苦しいッ。
清花は息もできない苦悶にもがき、手足をばたつかせた。このまま自分は殺されてしまうのだろう。王は朝廷の廷臣たちからどころか、巷の庶民からも〝気違い〟と噂されていて、実際、その行動は尋常とは程遠い。そんな王から側妾になれと迫られ、真っ向から拒めば、生命が無事であるはずがない。
数年前、やはり夜伽を命じられた女官が王の意を拒絶し、怒り狂った王に井戸に投げ込まれたという事件があった。翌朝、内官たちが井戸から溺死した若い女の亡骸を引き上げ、その一件は終わったが、その井戸からはいまだに夜な夜な女のすすり泣きの声が絶えないと噂され、夜にはその場所に近づく者は誰もいない。
自分もその非業の死を遂げた女官と同様にに、直に哀れな骸となるに違いない。
清花の脳裡に、母の貌が浮かぶ。
桜の花びらを思わせる薄紅の婚礼衣装を胸にかき抱いて泣き笑いをしていた母。
―私は、これを仕立てながら、綺麗なべべを着たお前がどれほど美しかろうと想像するのが愉しかったんだよ。
あのときの母の科白が今更ながらに耳奥で甦る。
ごめんね。お母さん、何の親孝行らしいこともしてあげられなくて。
私もたとえ誰に嫁ぐことができなくても、あの嫁入り衣装を一度くらい着てみたかった。
しかし、清花には到底、頷くことはできなかった。こんな怖ろしげな男の想いものになるなんて、考えただけでも鳥肌が立ちそうだ。
「こいつめ、あくまでも首を縦に振らぬつもりか」
王の手に一挙に力がこもる。
―く、苦しいッ。
清花は息もできない苦悶にもがき、手足をばたつかせた。このまま自分は殺されてしまうのだろう。王は朝廷の廷臣たちからどころか、巷の庶民からも〝気違い〟と噂されていて、実際、その行動は尋常とは程遠い。そんな王から側妾になれと迫られ、真っ向から拒めば、生命が無事であるはずがない。
数年前、やはり夜伽を命じられた女官が王の意を拒絶し、怒り狂った王に井戸に投げ込まれたという事件があった。翌朝、内官たちが井戸から溺死した若い女の亡骸を引き上げ、その一件は終わったが、その井戸からはいまだに夜な夜な女のすすり泣きの声が絶えないと噂され、夜にはその場所に近づく者は誰もいない。
自分もその非業の死を遂げた女官と同様にに、直に哀れな骸となるに違いない。
清花の脳裡に、母の貌が浮かぶ。
桜の花びらを思わせる薄紅の婚礼衣装を胸にかき抱いて泣き笑いをしていた母。
―私は、これを仕立てながら、綺麗なべべを着たお前がどれほど美しかろうと想像するのが愉しかったんだよ。
あのときの母の科白が今更ながらに耳奥で甦る。
ごめんね。お母さん、何の親孝行らしいこともしてあげられなくて。
私もたとえ誰に嫁ぐことができなくても、あの嫁入り衣装を一度くらい着てみたかった。