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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 このままでは怒り狂った王に捕まえられ、今度こそ逃れられなくなってしまう。怒りに猛る王は既に正気を手放してしまっている。どのような酷い目に遭わされるか判ったものではない。
 とにかく、この場から逃れたい。その一心で清花は夢中になって走った。
 後方で王が何か喚いている声が聞こえていたが、この際、そんなことに構ってはいられない。
 よもや、この一部始終を物陰からそっと窺っていた別の女官がいたとは、清花どころか王でさえ考えもしなかった。
 清花が逃げ去った後、王は一人その場に取り残された。石が当たった額からは皮膚が裂け、薄く血が滲んでいる。国王の貌にここまで傷を付けたからには、通常であれば、大逆罪で即刻、縛り首になるだろう。それほどの怖ろしい罪だ。たとえ国王である彼自身が庇ったとしても、庇いきれぬほどの重罪である。
 しかし、王は清花の罪を問う気はさらさらなかった。誰がどう言おうと、転んで傷つけたと開き直るつもりだ。
 王はしばらくその場に虚ろな眼で立ち尽くしていたが、やがて、懐から小さな布包みを取り出した。
「清花よ、そなたは予に大切にしている父の形見をくれた。今日は、予もそなたに与えようと思っていたものがあったのだ」
 布包みを解くと、現れたのは紅玉(ルビー)の簪だった。蝶を象った飾りには、羽根の部分に紅い石がはめ込まれている。初夏の陽光を受けて、紅玉が眼を射るように眩しくきらめいた。
 じいっと眺めていると、クラリと眩暈を起こしそうになる。眩しいほどの紅、焔を思わせる緋色。まるで小さな石の中で熱い火が燃え盛っているかのよう。

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