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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 その真摯な瞳からは、相手(あの場合は自分だ)を一途に想う優しさが溢れ、伝わってきた。あの時、ああ、こんな女とであれば、自分も変われるのではないか、人並みの穏やかな家庭を築き、妻を愛し子を慈しめる良人となれるのではないかと一縷の望みを抱いてしまった。
 清花を苦しめるつもりは一切ない。ただ、彼女を手に入れたい、それだけなのだ。
 あの黒いひたむきな瞳に映じるのは未来永劫、自分だけでなくてはならない、けして他の者であってはならない。
「何故なのだ、どうして私を見ると、そなたはそのように怯えた眼をして、野兎のように逃げるのだ?」
 力ない呟きは、ふいに吹いてきた風に紛れ、消えてしまった。
 我が儘で酒色に溺れ政を顧みようともしない彼は、朝鮮中の民から〝燕山君の再来〟と目され、稀に見る暴君・暗君だと囁かれている。
 だが、今、ここに佇む青年王の暗澹とした貌には、ひどく傷ついた表情がかいま見えるだけだった。

 清花はどれだけ走ったか判らないと思う頃、やっと立ち止まるだけの余裕ができた。
 ここは初めて王と出逢った場所―、また、朴(パク)内官(ネーガン)と知り合った場所でもある。あの二人の男を思い浮かべる時、清花は二人がまるで対照的であることを改めて思い知った。
 春にそよ吹く風のように人をやわらかく包み込み、安らがせる朴内官と、常に対する相手を威圧し、恐怖心に陥れる陽徳山君。

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