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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

「具女官。殿下と私は主従というよりも、身分や立場を越えた友として付き合ってきた。畏れ多いことではあるが、少なくとも私はそう思っている。ゆえに、殿下はご幼少のときから誰に話さないことでも、私には何でも打ち明けて下されたものだ。むろん、意中の女人についても同じで、お眼を止めた女官の話は閨に召される前に、真っ先に私の耳に入った」
 〝だが(ホナ)〟と、朴内官は続けた。
「今回、殿下は私にそなたの話どころか、名前すら一切打ち明けられなかったのだ。それが、どういうことか判るか?」
 朴内官は視線を池の向こうに向けている。その横顔からは、彼の感情は窺い知れない。
 そろそろ西の空が茜色に染まる刻限になりつつあった。筋雲が幾重にも重なり、たなびいている。それが茜色から淡い紫色に変わりゆく光景は、まさに極楽浄土があの雲の向こうにあるのだと信じたくなるほど荘厳であり、圧倒された。
 何故、王が今回に限って、自分のことを懐刀と呼ばれる朴内官に話さなかったのか?
 それは清花にも計りかねた。
 朴内官が眼を伏せる。どんな美女でも羨ましがるような長い睫がけぶるようで、端整な貌に濃い翳を落としている。
 その美しい横顔に思わず見入っていた清花の耳を意外な言葉が打った。
「殿下のそなたへの想いは真実(まこと)なのだ」
 清花は愕きに黒い瞳を瞠った。
「私も同じ男ゆえ、殿下のお気持ちはよく判る。男であれば、本当に愛しいと思う女のこことは誰にも話したくない。他の男に奪われるかもしれないという危惧もあるし、好きな女の面影を自分一人の胸の内に抱(いだ)いていたいという気があるからだ」
 もっとも、私はとうに男ではなくなっているがと、朴内官は半ば自嘲気味に呟く。
 その刹那、清花は叫んでいた。

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