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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 両班としての誇りや矜持があれば、尚更、覚悟を決めるまでは苦しんだろうし、内侍になった後も、葛藤を抱えていたに違いない。なのに、この男はそんな自分の苦しみ、痛みを少しも感じさせない。いつも前を向いて、自分の脚で大地を踏みしめて立っている。
「朴内官は、本当に男らしい方なのね」
 呟いた清花に向かい、朴内官は複雑な表情を見せる。
「男根を切って、最早男でなくなった私に、男らしいという賞め言葉は酷というものではないか」
 清花は首を振った。
「朴内官を見ていて、思いました。本当の男らしさは内侍であるとか、ないとか、そういったこととは全く別の、その人の内面に関わる問題なんだって」
 真面目に話しているのに、朴内官は声を上げて笑う。
「そなたは、いささか私を買い被りすぎているのではないか、具女官」
 それからは、清花の身の上話になった。
 彼女はすべてを包み隠さず話した。銀細工職人であった父が工房を追い出され、生活がいっそう苦しくなってきたため、彼女もまた自分から進んで女官になったこと。母のために買った布地で、肝心の母が自分の嫁入り衣装を仕立ててしまったことまで打ち明けた。
 朴内官はいちいち清花の話に頷きながら聞き入った。
「それでは、さしずめ、そなたは孝行娘の沈(シム)清(チヨン)だということだな」
 その昔、朝鮮のある村に沈清という若い娘がいた。生まれてすぐに母を喪い、盲人の父親が村中を歩き回り、乳を貰って娘を育てた。
 沈清は長じて美しい娘となり、眼の見えない父親を労りながら、近くの湖で魚を捕ったりして細々と家計を立てていた。

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