妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第2章 恋
清花もまた明るい笑い声を上げた。
ふと、清花の笑い声が途切れた。
いつしか朴内官がすぐ傍らに来ていた。彼が顔を上げる。吐息が触れるほどの近くに、朴内官の整った貌があった。
知的で穏やかな光を湛えた漆黒の瞳が清花を誘惑するように誘いかける。
いつしか、夕陽は地平線の向こうに隠れ、気紛れな夜が支配しようとしていた。
暮れなずんでゆく空の端がほんの僅かに夕陽の名残の色を見せている。
朴内官の顔が際限まで近づき、まさに唇が触れようとしたその時、清花は声を上げた。
「蜻蛉(かげろう)だわ」
その声に朴内官がつられるように背後を振り返る。水面を掠めるようにして薄羽蜻蛉が二匹飛んでいた。二匹は戯れ合うように、もつれ合っては、また離れる。
「あれは恋人同士なのかしら」
何の気なしに言った科白に、朴内官が呟いた。
「どうしても、この世で叶わぬ恋なら、いっそのこと来世で叶えるのも良いかもしれない。蜻蛉は明日には生命尽きると知っているから、ひと夜限りの生命を燃やし尽くすのだろうか。それとも、自分の哀しい宿命(さだめ)を知らぬからこそ、ああまで儚く美しいのだろうか」
夜陰に溶け込むような囁きは、その後、長く清花の心に残った。
その間にも、二匹の蜻蛉は寄り添い合っては離れ、また引き寄せられるようにひっつく。
蜻蛉は短い生命を知っているからこそ、こんなにも一生懸命に生命の焔を燃やし尽くそうとするのだろうか。
二人はしばらく、その場に佇み、宵闇に沈んだ庭を飛び交う蜻蛉たちを眺めた。
これで良い、これで良いのだ。朴内官にはたとえ天地が逆さまになろうと、我が胸の想いは伝えてはならない。そんなことをしても、大好きな男を苦しめるだけだから。
ふと、清花の笑い声が途切れた。
いつしか朴内官がすぐ傍らに来ていた。彼が顔を上げる。吐息が触れるほどの近くに、朴内官の整った貌があった。
知的で穏やかな光を湛えた漆黒の瞳が清花を誘惑するように誘いかける。
いつしか、夕陽は地平線の向こうに隠れ、気紛れな夜が支配しようとしていた。
暮れなずんでゆく空の端がほんの僅かに夕陽の名残の色を見せている。
朴内官の顔が際限まで近づき、まさに唇が触れようとしたその時、清花は声を上げた。
「蜻蛉(かげろう)だわ」
その声に朴内官がつられるように背後を振り返る。水面を掠めるようにして薄羽蜻蛉が二匹飛んでいた。二匹は戯れ合うように、もつれ合っては、また離れる。
「あれは恋人同士なのかしら」
何の気なしに言った科白に、朴内官が呟いた。
「どうしても、この世で叶わぬ恋なら、いっそのこと来世で叶えるのも良いかもしれない。蜻蛉は明日には生命尽きると知っているから、ひと夜限りの生命を燃やし尽くすのだろうか。それとも、自分の哀しい宿命(さだめ)を知らぬからこそ、ああまで儚く美しいのだろうか」
夜陰に溶け込むような囁きは、その後、長く清花の心に残った。
その間にも、二匹の蜻蛉は寄り添い合っては離れ、また引き寄せられるようにひっつく。
蜻蛉は短い生命を知っているからこそ、こんなにも一生懸命に生命の焔を燃やし尽くそうとするのだろうか。
二人はしばらく、その場に佇み、宵闇に沈んだ庭を飛び交う蜻蛉たちを眺めた。
これで良い、これで良いのだ。朴内官にはたとえ天地が逆さまになろうと、我が胸の想いは伝えてはならない。そんなことをしても、大好きな男を苦しめるだけだから。