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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第2章 恋

 先刻、思いもかけないことが起こった。朴内官が口づけようとしてきた時、清花は咄嗟に声を出して、彼を止めた。
 何故、彼が清花などに口づけようとしたのかは判らない。もしかしたら―という甘い期待を清花は極力抱(いだ)かないようにした。朴内官は誠実な人ではあるが、彼も男だ。男根を切ったとはいえ、女人を求めることだってあるだろう。それがたまたま傍にいた清花であった、ただそれだけのことにすぎないのだと自分に言い聞かせた。
 むろん、王に触れられたときのような嫌悪感は微塵も感じない。好きな男に求められるのは、女としてはむしろ嬉しいし、幸せなことだ。
 彼を止めるというよりは、一度、彼の唇を受け止めたら、自分がどうなってしまうか判らず、怖かったからだ。朴内官への想いに歯止めがきかなくなるのではないか、そんな不安があった。
 無数の牡丹の花が夜の底に沈んでいる。
 己れの酷(むご)い宿命を知ってか知らずか、懸命に闇の中を飛び交う薄羽蜻蛉はどこか哀しい恋の結末を暗示しているかのように思えた。

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