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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第3章 忍

「春枝―」
 清花が親友の名を呼ぶと、それまで茫然と立ち尽くしていた友がビクリと身を震わせた。
「ねえ、春枝があの噂を流したの?」
 控えめに訊ねると、春枝は形の良い口許を歪めた。
「そうよ、それがどうかした?」
 挑戦的な物言いに、清花は哀しくなった。
 一体、何がどこでどうなって、九年来の親友との間がここまでこじれてしまったのか。
「あなたは、その噂の因(もと)になった現場を見たの?」
 あまり問いたくない質問ではあったけれど、やはり気になる。
 が、春枝は皮肉げな微笑を浮かべた。
「ご心配なく。私はその現場とやらを実際に見たわけではないわ。劉(リユウ)女官がどうやら目撃していたらしくて、皆に興奮して喋り回ってたのを私は傍で聞いただけ」
 劉女官というのは、今し方、清花を非難した急先鋒の女官である。
「―それにしても愕いたわ。よりにもよって地味で目立たないあなたが国王殿下のお眼に止まるだなんて。私だけじゃない、女官仲間は皆、嘘じゃないって、その話で持ちきりだったのよ。他人の噂になんか興味のない、疎いあなたは全然気付かなかったでしょうけどね」
 春枝の言葉の礫(つぶて)は止むことがない。
「良い加減にしろ。止さないか」
 見かねた朴内官が二人の間に割って入った。
「そなたは具女官の親友であったのだろう。たとえ他の誰が具女官を貶めたとしても、友であるそなたが彼女を最後まで信じてやらなければならないのではないか?」
 語調も強い朴内官に、清花は首を振る。
「良いんです。朴内官、それ以上、春枝を責めないで」

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