妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第3章 忍
王の歩みが止まった。首だけをねじ曲げるようにして振り向いた王の整った貌は、怖ろしいほど冷ややかだった。
「殿下、どうか、私の願いをお聞き入れ下さいませ」
朴内官が平伏するのに、王は冷たい視線を投げてよこす。洞(ほら)のような虚ろな瞳は氷のように凍てついていた。
「朴内官、良い加減に頭を冷やせ。たかが女一人のために己れの将来ばかりか生命まで棄てる気か? 切れ者で知られたそなたがこのような愚かな行為に及ぶとは、到底正気の沙汰とは思えぬ」
地の底から這い上がってくるような声は、聞く者を震え上がらせるには十分だ。もとより、朴内官は慣れていることゆえ、今更怖れも怯みもしない。
「殿下」
叫んだ朴内官のほどよく陽灼けした顔に、ペッと唾が飛んだ。
流石に、王を取り巻く内官たちの間に軽いどよめきが起こり、女官たちはひそかに顔を見合わせる。
「この暑さでは、頭が冷えぬのも無理からぬこととは思うが、朴内官、そなたは義(ウイ)禁(グム)府(フ)で拷問にでもかけられなければ、正気には戻らぬというか?」
王は冷えた声で唾棄するように言うと、後を振り返りもせずにその場から立ち去った。唖然としていた内官が慌ててその後を追い、尚宮や女官たちも小走りに後に続く。
朴内官は、頬にかかった唾を無造作に手のひらで拭った。
何の、これしきのこと。
朴内官は思う。たとえ自分の身はどうなったとしても構いはしない。だが、あの笑顔の可愛い娘だけは何とかして守ってやりたい。
だが、どうやら自分の願いはいかにしても、聞き届けられることはないようだ。
「殿下、どうか、私の願いをお聞き入れ下さいませ」
朴内官が平伏するのに、王は冷たい視線を投げてよこす。洞(ほら)のような虚ろな瞳は氷のように凍てついていた。
「朴内官、良い加減に頭を冷やせ。たかが女一人のために己れの将来ばかりか生命まで棄てる気か? 切れ者で知られたそなたがこのような愚かな行為に及ぶとは、到底正気の沙汰とは思えぬ」
地の底から這い上がってくるような声は、聞く者を震え上がらせるには十分だ。もとより、朴内官は慣れていることゆえ、今更怖れも怯みもしない。
「殿下」
叫んだ朴内官のほどよく陽灼けした顔に、ペッと唾が飛んだ。
流石に、王を取り巻く内官たちの間に軽いどよめきが起こり、女官たちはひそかに顔を見合わせる。
「この暑さでは、頭が冷えぬのも無理からぬこととは思うが、朴内官、そなたは義(ウイ)禁(グム)府(フ)で拷問にでもかけられなければ、正気には戻らぬというか?」
王は冷えた声で唾棄するように言うと、後を振り返りもせずにその場から立ち去った。唖然としていた内官が慌ててその後を追い、尚宮や女官たちも小走りに後に続く。
朴内官は、頬にかかった唾を無造作に手のひらで拭った。
何の、これしきのこと。
朴内官は思う。たとえ自分の身はどうなったとしても構いはしない。だが、あの笑顔の可愛い娘だけは何とかして守ってやりたい。
だが、どうやら自分の願いはいかにしても、聞き届けられることはないようだ。