テキストサイズ

妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第3章 忍

 朴内官は叫びながら最後までその場を動こうとしなかったが、義禁府の兵たちに取り囲まれ、身柄を拘束された上に引きずられるようにして退去を余儀なくされたのだ。
 更にその翌日の夜、朴内官は、他の内官に部屋から出るように言われた。どこに連れてゆかれるのかは判らなかったが、もしかしたら、拷問を受けるのかもしれない。
 もとより直訴を始めたそのときから、覚悟はしていたことだ。惚れた女を守るためなら、この生命一つなど、どうなっても惜しくはない。
 ただ無念なのは、結局、女を救えなかったことだ。
 清花、そなたは一体、今、どうしているだろう。
 思い出すのは、あの少女の愛くるしい笑顔だけだ。自分と同じで、幼いときから苦労して、母のために女官になったのだと言った。
 母のために買った布地で母が婚礼衣装を縫ってくれたのだと頬を染めて恥ずかしげに語っていた少女。
 どうして、自分たちは内侍と女官という立場でしか出逢えなかったのだろう?
 たとえ貧しくとも良い、ごく普通の男と女としてめぐり逢っていれば、こんな辛く哀しい宿命を辿ることはなかったのに。
 国王に直訴をすると決めたのは、彼女の言葉を聞いたときのことだ。仮に彼女が国王を慕っているのなら、彼は歓んで身を退いただろう。大勢の女たちの一人であっても、正式な妃ともなれば、位階も賜り、それなりの待遇を与えられる。その中、御子を生めば、側室としての地位も盤石のものになる。
 ましてや、これまで戯れの恋しかしたことのない王が初めて好きになった女―、それが清花であった。清花が傍にいることで、王は変わるだろう。少なくとも衝動的に人を殺したりすることは無くなるはずだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ