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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第3章 忍

 また、見方によっては、国王の妃に望まれることは、清花にとっては破格の出世だ。男女のことは誰にも判らない。今は厭がっているようでも、この先、何度も抱かれてしまえば、清花が王を慕うようにならないとも限らない。
 張尚宮はすべてを考えた上で、清花に王命を受けるように説得したのだろう。多分、誰が考えても、それがいちばん妥当な選択だ。
 ついに大殿に着いた。
 妃の到着が内官によって声高に告げられると、寝所の前で待ち受けていた提調尚宮が重々しく頷く。既に五十をゆうに越えているこの女官長は〝後宮の生き字引〟と呼ばれる。彼女が詳しいのは過去に何が起こったかだけではない。現在においても後宮だけではなく、朝廷の人事にせよ、事件にせよ、あらゆる事を網羅していた。
 この老獪な女官長に睨まれたら、後宮では生きてゆけない―というのが女官たちの暗黙の掟である。
 ここに女官長がいるのは、今宵、初めて王の寝所に召される妃が無事、初夜を終えたかどうかを見届けるためだ。
「殿下、具清花が参りましてございます」
 女官長が部屋の外から声をかけると、傍に控えていた女官二人が外側から畏まって戸を開ける。
 朴内官はしゃがむと、低い姿勢を取った。
 張尚宮が手を貸して清花を降ろし、目隠しを外す。
 なかなか寝所に入ろうとせぬ清花の背を女官長が軽く押した。
「さあ、清花さま」
 後宮では最も―時に国王の寵愛を得た側室よりもその権力、影響力は勝るといわれる―権限を有する老女官長も今からは清花に対して敬語を使う。
 その時、清花が朴内官を見た。
 その瞳を見た刹那、朴内官は胸を衝かれた。

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