テキストサイズ

妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第3章 忍

 清花の手が差し伸べられ、その手を朴内官がしっかりと握った。
 脱兎のごとく走り出した若い二人を女官長が度肝を抜かれたように見つめている。 
 予想外の展開に、その場に居合わせた者は思考がうまくついてゆかないのだ。
「―何をしておる。あの者どもを即刻、捕らえろ。捕まえ、予の前に引っ立てて来いッ」
 王の甲走った声に、石像のように固まっていた一同が動き始めた。
「殿下、どうかお気をお鎮めになって下さいますよう」
 女官長が腰を低くして言うと、王は怒鳴った。
「今すぐだ、今すぐ、あの者たちを連れてこい。男の方はその場で殺しても構わぬ。女の方は殺さず、予の許に取り戻せ」
「承知致しましてございます」
 それ以上逆らっては、我が生命まで危うくなる。女官長は引き下がるしかなかった。
 気違い相手では、老練な女官長もやりようがない。
 女官長が目配せすると、張尚宮がそっと去ってゆく。上手くゆくかどうかは判らないが、とりあえず気を高ぶらせた国王を宥めるため、目下のところ、お気に入りの愛妾である淑媛(スクウォン)(妃の位階)を呼びにいったのである。
 下手をすれば、やって来た側室もとばっちりを受けるかもしれないが―、そんなことは女官長の知るところではなかった。
 暗君と呼ばれる王でも、王子の一人もいない状態では、その身に何かあってはまずい。ましてや、興奮した挙げ句、例の発作でも起こして倒れられたら、余計に異常ぶりに拍車がかかることになる。
―殿下にできるだけ発作を起こさせてはならぬ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ