月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第1章 第一話【月下にひらく花】転機
転機
押し潰されてしまいそうなほどの気詰まりな空気に、香花(ヒヤンファ)は小さな溜息をそっと零す。むろん、眼前の叔母には気付かれないようにだ。この叔母は他人の心の機微などに注意を払うつもりはさらさらないような人、つまり早い話、自分の言動で誰が傷つこうが何を思おうが全く無頓着である。が、何故か、こういった―自分が言外に非難されているような雰囲には敏感なのだ。
「香花(ヒヤンファ)」
突如として場違いなほどの大音声で呼ばれ、香花は縮み上がった。
「は(イ)、はい(イエー)。何(モス)でしょう(ニリンガ)、叔母(スク)上(モ)さま」
香花は慌てて叔母の顔を見た。確かに―叔母はこうして顔だけを見ていれば、亡き母とよく似ている。香花の母と叔母は、かつて都でも美人姉妹として知られていた。二人の父、つまり香花の祖父はしがない下級官吏にすぎない身の上ではあったが、金(キム)氏の聟になりたがる若い男は当時、都にはごまんといたのである。
祖父は二人の娘たちのゆく末については早くから決めており、大人しやかな姉娘丹(ダン)花(ファ)には聟を迎えて家門を継がせ、お喋りでいささか軽薄なきらいのある妹の香(ヒヤン)丹(ダン)は他家に嫁がせるつもりでいた。
一つ違いの二人の姉妹は顔かたちこそ双子のように瓜二つであったが、その気性はまるで太陽と月のように違っていた。妹娘の香丹は十六歳でやはり下級官吏に嫁し二男一女に恵まれ、姉の丹花は十七歳で聟を取り、一人娘―つまり香花を得た。
香丹夫婦はいまだに健在―正直に言えば、この叔母はいつも元気が有り余るほど元気だ―であり、いつまでも出世できぬ良人を不甲斐ない亭主だと罵りながらも、実はこの夫婦、結構仲好かったりする。
押し潰されてしまいそうなほどの気詰まりな空気に、香花(ヒヤンファ)は小さな溜息をそっと零す。むろん、眼前の叔母には気付かれないようにだ。この叔母は他人の心の機微などに注意を払うつもりはさらさらないような人、つまり早い話、自分の言動で誰が傷つこうが何を思おうが全く無頓着である。が、何故か、こういった―自分が言外に非難されているような雰囲には敏感なのだ。
「香花(ヒヤンファ)」
突如として場違いなほどの大音声で呼ばれ、香花は縮み上がった。
「は(イ)、はい(イエー)。何(モス)でしょう(ニリンガ)、叔母(スク)上(モ)さま」
香花は慌てて叔母の顔を見た。確かに―叔母はこうして顔だけを見ていれば、亡き母とよく似ている。香花の母と叔母は、かつて都でも美人姉妹として知られていた。二人の父、つまり香花の祖父はしがない下級官吏にすぎない身の上ではあったが、金(キム)氏の聟になりたがる若い男は当時、都にはごまんといたのである。
祖父は二人の娘たちのゆく末については早くから決めており、大人しやかな姉娘丹(ダン)花(ファ)には聟を迎えて家門を継がせ、お喋りでいささか軽薄なきらいのある妹の香(ヒヤン)丹(ダン)は他家に嫁がせるつもりでいた。
一つ違いの二人の姉妹は顔かたちこそ双子のように瓜二つであったが、その気性はまるで太陽と月のように違っていた。妹娘の香丹は十六歳でやはり下級官吏に嫁し二男一女に恵まれ、姉の丹花は十七歳で聟を取り、一人娘―つまり香花を得た。
香丹夫婦はいまだに健在―正直に言えば、この叔母はいつも元気が有り余るほど元気だ―であり、いつまでも出世できぬ良人を不甲斐ない亭主だと罵りながらも、実はこの夫婦、結構仲好かったりする。