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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 一方、香花の母は美人薄命を地でゆくように、三十歳で亡くなった。香花が六歳のときのことだ。元々、身体の丈夫な人ではなく、ただ一度きりの出産ですら医者から危ぶまれたほどであったという。医者も父も口を揃えて子どもは諦めるように説得したものの、母は結婚七年目にして漸く授かった生命を諦められなかった。
 恐らく母は自分を生み落としたことで、ただでさえ短かった生命を使い果たしてしまったのだろう。そう思うと、香花は今では顔すら朧になってしまった実母に対して何となく申し訳ない気持ちになる。
 香花は眉目こそ母ゆずりではあるが、その性格も、殺しても死なないほどの図太さも、母ではなくむしろ叔母に似ているのだ。いや、全く事情を知らない人は大抵、香花と叔母を実の母子だと勘違いする。母と叔母はとてもよく似ていたから、香花と叔母は実の母娘である叔母とその娘(香花の従妹)よりも面立ちが似通っていた。
 母亡き後、香花は父と二人でひっそりと暮らしていたが、その父もまた今年の春先に病死した。母とは似合いで父もまた細面のなかなかの美男ではあったが、いかにせん父は途方もなく気が弱かった。祖父は父に期待をかけていたのだが、父もまた結局、祖父から受け継いだ下級官吏の職をそつなくこなすにとどまった。
 それでも、香花は父が大好きだった。父はよく香花を肩車したり、膝に乗せて昔語りを聞かせてくれた。
 父が聞かせてくれた話の中でもとりわけ香花の好きなのは孝行娘沈(シム)清(チヨン)の話だった。盲目の父のために自ら龍神に身を捧げるべく海に飛び込んだ沈清の話は実話ともいわれ、朝鮮では親への孝心を説く話として語り継がれている。
―お父さん(アボジ)、私も大きくなったら沈清みたいな孝行娘になるの。

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