
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第1章 第一話【月下にひらく花】転機
その数日後、香花は崔氏の屋敷にいた。
初対面は主人の書斎で行われた。両手を組んで拝礼する香花を見る崔承旨のまなざしは凪いだ春の海のようであった。
叔母の知り合いである張夫人の紹介状をひととおり読み終えた崔承旨は漸く顔を上げる。
「そなたが金香花か?」
「はい(イエー)、旦那(オルシン)さま」
香花もまた視線を崔承旨に向ける。漆黒の穏やかな瞳を見つめた刹那、香花はその優しげな光に囚われた。まるで春の陽ざしが瞳の奥で揺れているような、見る者を包み込み、安堵させるような優しい眼だ。
「歳は十七と聞いていたが、随分と幼く見える」
心もち首を傾げて見つめられ、香花は何故か頬が熱くなった。
「真に十七歳なのか?」
「いえ、十四にございます」
応えてから、ハッとする。恐らく張夫人や叔母が香花の歳をごまかしたのは、十四では崔承旨が子どもたちの家庭教師として若すぎると判断するのではと危惧したからに相違ない。
案の定、彼は眼をまたたかせた。
「これは、どうしたものであろうか。十四とは、いかにも幼すぎる。これでは、子どもたちの先生というよりは、遊び相手ではないか」
その言葉に、香花は狼狽えた。このままでは金家の屋敷に帰されてしまう。奉公もしない中から暇を出されるなんて、これほどの屈辱はない。
―歳が若いからと、ただそれだけの理由で、ろくに勤めもしない中から首にされるなんて。
持ち前の勝ち気さがむくむくと頭を持ち上げてくる。
初対面は主人の書斎で行われた。両手を組んで拝礼する香花を見る崔承旨のまなざしは凪いだ春の海のようであった。
叔母の知り合いである張夫人の紹介状をひととおり読み終えた崔承旨は漸く顔を上げる。
「そなたが金香花か?」
「はい(イエー)、旦那(オルシン)さま」
香花もまた視線を崔承旨に向ける。漆黒の穏やかな瞳を見つめた刹那、香花はその優しげな光に囚われた。まるで春の陽ざしが瞳の奥で揺れているような、見る者を包み込み、安堵させるような優しい眼だ。
「歳は十七と聞いていたが、随分と幼く見える」
心もち首を傾げて見つめられ、香花は何故か頬が熱くなった。
「真に十七歳なのか?」
「いえ、十四にございます」
応えてから、ハッとする。恐らく張夫人や叔母が香花の歳をごまかしたのは、十四では崔承旨が子どもたちの家庭教師として若すぎると判断するのではと危惧したからに相違ない。
案の定、彼は眼をまたたかせた。
「これは、どうしたものであろうか。十四とは、いかにも幼すぎる。これでは、子どもたちの先生というよりは、遊び相手ではないか」
その言葉に、香花は狼狽えた。このままでは金家の屋敷に帰されてしまう。奉公もしない中から暇を出されるなんて、これほどの屈辱はない。
―歳が若いからと、ただそれだけの理由で、ろくに勤めもしない中から首にされるなんて。
持ち前の勝ち気さがむくむくと頭を持ち上げてくる。
