
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第1章 第一話【月下にひらく花】転機
「旦那さま、確かに私は若くはございますが、どうか、お暇を出される前に私に機会を頂きとうございます」
どうか、この本をお貸し下さいませと、香花はそれまで崔承旨が読んでいたらしい書物を指した。
崔承旨の前に文机があり、その上に分厚い書物が載っている。漢籍らしく、開いてみると、難しげな漢字ばかりが隙間もなく並んでいた。
崔承旨は直ちに香花の意を理解したようだった。彼女の眼を見、小さく頷く。
「よろしい、では読んでみなさい」
香花は両手で本を押し頂くと、たまたま眼に付いた箇所を声に出して読み始めた。淀みのない、見事な朗読である。
ひと区切り読ませたところで、彼は問うた。
「それでは、そなたが先ほど読んだところの意味は?」
これにも香花は一切躊躇うことはなかった。
「幼い子の糞尿を嫌う人はいないのに、老人の唾や鼻水を汚いと言う人は大勢いる。汝よ、そなたの身体を形作っているものは何か、汝の父の精と母の血が汝の身体を作っているのだ。彼らは若い頃、子である汝のためにその身を粉にして働いたのだ。にも拘わらず、子どもたちは親の面倒を見たがらない、それは、何と嘆かわしいことか。汝よ、老人を労り、親に孝養を尽くしなさい」
すらすらと応える香花を見る崔承旨の眼が愕きに見開かれる。
「もう、良い」
香花は黒いつぶらな瞳を崔承旨に向け、緊張に畏まる。
どうか、この本をお貸し下さいませと、香花はそれまで崔承旨が読んでいたらしい書物を指した。
崔承旨の前に文机があり、その上に分厚い書物が載っている。漢籍らしく、開いてみると、難しげな漢字ばかりが隙間もなく並んでいた。
崔承旨は直ちに香花の意を理解したようだった。彼女の眼を見、小さく頷く。
「よろしい、では読んでみなさい」
香花は両手で本を押し頂くと、たまたま眼に付いた箇所を声に出して読み始めた。淀みのない、見事な朗読である。
ひと区切り読ませたところで、彼は問うた。
「それでは、そなたが先ほど読んだところの意味は?」
これにも香花は一切躊躇うことはなかった。
「幼い子の糞尿を嫌う人はいないのに、老人の唾や鼻水を汚いと言う人は大勢いる。汝よ、そなたの身体を形作っているものは何か、汝の父の精と母の血が汝の身体を作っているのだ。彼らは若い頃、子である汝のためにその身を粉にして働いたのだ。にも拘わらず、子どもたちは親の面倒を見たがらない、それは、何と嘆かわしいことか。汝よ、老人を労り、親に孝養を尽くしなさい」
すらすらと応える香花を見る崔承旨の眼が愕きに見開かれる。
「もう、良い」
香花は黒いつぶらな瞳を崔承旨に向け、緊張に畏まる。
