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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀

「憶えておれ。この私に、宋与徹に公衆の面前でここまで恥をかかせてくれるとは、許してはおけぬ」
 威張り返った両班―宋与徹(ソンヨチヨル)が茹でた蛸のように紅くなって震えている傍らで、従者はまだ立ち上がることもできない。
 光王は怒り狂う与徹を残し、〝行くぞ〟とひと声残し、踵を返す。
「待ってよ、光王」
 香花は慌てて光王の背中を追いかける。
 居合わせた人々が互いに顔を見合わせ、光王の方をしきりにちらちらと見ていた。
 光王は香花が幾ら呼びかけても、振り向きもせず一人でどんどん先に歩いてゆく。
「ねえ、光王。待ってよ」
 何度目かに、漸く光王が立ち止まった。既に町の外れを過ぎ、村へと至る一本道まで来ている。
「全く、お前は阿呆か」
 光王がくるり、と振り向く。
「何よ、いきなり人を阿呆呼ばわりして」
 香花がむくれると、光王が人さし指でパチンと香花の額を弾いた。
「い、痛い、何するのよ?」
「お前がお転婆騒馬だというのは知っていたが、駄馬でももう少しは賢いじゃないのか? お前のその頭ン中は一体、何がつまってるんだ?」

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