月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人
香花はそれ以上、その場にいるのははばかられ、一礼すると踵を返そうとする。その背中に、老婦人の控えめな声がかけられた。
「待って、あなた。―そこの娘さん」
振り切ってそのまま走り去ることもできたが―、老婦人の声には何か切実な響きが感じられ、無視はできなかった。
香花は立ち止まり、杖をつきながらやってくる老婦人を待ち受けた。
「あの、何か私にご用でしょうか?」
門前から薔薇を眺めていただけで、別に庭に入り込んだわけではない。ゆえに、咎め立てされるはずはないとは思ったものの、この(朝)国(鮮)では両班と呼ばれる貴族階級の威光は絶対である。
「あなたはよくここに来ていますね。いつも薔薇を眺めているようだけど?」
老婦人の髪は真っ白で、それをきちんと結い上げて数本の簪を飾っている。翡翠や瑪瑙を使った、いずれも豪奢な簪ばかりである。身に纏っているチマチョゴリも絹の上等なものだ。
「待って、あなた。―そこの娘さん」
振り切ってそのまま走り去ることもできたが―、老婦人の声には何か切実な響きが感じられ、無視はできなかった。
香花は立ち止まり、杖をつきながらやってくる老婦人を待ち受けた。
「あの、何か私にご用でしょうか?」
門前から薔薇を眺めていただけで、別に庭に入り込んだわけではない。ゆえに、咎め立てされるはずはないとは思ったものの、この(朝)国(鮮)では両班と呼ばれる貴族階級の威光は絶対である。
「あなたはよくここに来ていますね。いつも薔薇を眺めているようだけど?」
老婦人の髪は真っ白で、それをきちんと結い上げて数本の簪を飾っている。翡翠や瑪瑙を使った、いずれも豪奢な簪ばかりである。身に纏っているチマチョゴリも絹の上等なものだ。