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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第15章 不幸な母

 同じ日の夕刻、隣村の県監ユン徳義の屋敷では、次のような会話が交わされていた。
 屋敷の奥まった一角、夫人の居室。徳義の妻理蓮は鶯色の座椅子に凭れかかり、物想いに沈んでいた。そこに、扉の向こう側から控えめに声がかかった。
「奥さま、少しよろしいでしょうか」
 その声に、理蓮はハッとして我に返る。
「お入りなさい」
 ほどなく両開きの扉が開き、女中のソンジュが姿を見せた。
 理蓮は眼顔で小さく頷き、ソンジュは素早く扉を閉めて室にすべり込む。
「いかがであった」
 理蓮が身を乗り出すようにして訊ねるのに、ソンジュは膝をいざり進めた。
「あの娘について何か判ったか?」
 ソンジュは奥方のあまりの熱心さに少し気圧された。
 ああ、奥さまはお嬢さまが既にお亡くなりになっていることを、心の底では理解しておいでになっているのだ。だからこそ、素花に酷似した娘を見つけ、これほどまでに憑かれたようにその娘の身許を知ろうとするのだ。

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