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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第16章 夢と現の狭間

―両班も人間も皆、同じ人間なんだよ。誰の生命が尊いとか、尊くないというのは何も身分の高低で決まるわけではない。
 ふと、亡き崔明善の言葉が脳裡をよぎる。
 確かに、あの方の言うとおりだった。人が人を差別し、同じ国の民を両班だ賤民だと蔑むことそのものが間違っているのだ。
 そう思わずにはいられない。ただ、そのために自分が何をすれば良いのか、できるのかと考えると、問題があまりにも途方もなく大きすぎる気がして、なすすべがないようにも思えてくるのだった。
 待たされること一刻近くもなると、流石にそろそろ帰らなければと思い始める。
 庭先からソンジュに支えられ、杖をついてゆっくりと歩いてくる夫人の姿が見えたのは、まさに香花が立ち上がろうとしたときだった。
「先ほどはご足労をおかけしました」
 県監の夫人理蓮は、たおやかな老婦人である。それは半月前に初めて見たときの印象は何ら変わらない。
 理蓮はソンジュに手を貸され、円卓を挟んで香花の向かい側に座った。
 一礼した女中が元来た道を屋敷の方へと戻ってゆく。

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