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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第19章 訪問者

 光王がこの男を既に知っているのは明白だった。
 知っているのならば、何故、二日前の夜、香花がこの男の話をした時、故意に避けようとしたのか。否、この男を知っているからこそ、光王は敢えてその話題を避けたがったのではないか。
 ふと、そんな疑問が香花の脳裡をよぎった。
「光王、頼む。少しで良いから、私の話を聞いてくれ」
 男が立ち上がった。その口調には、懇願するような響きがある。到底、はるか年下の若者に―しかも両班が庶民に対して話す内容ではない。
「ご免だ。話なら、この前に聞いた」
「ならば―」
 なおも追い縋る男に対して、光王はどこまでも冷酷だった。
「あんたは俺に話があるのかもしれないが、生憎と俺の方にはないんだ。俺の留守に勝手に上がり込んで、女房に何を吹き込んだのかは知らないが、妙な真似は止してくれ」

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