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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第20章 父と子

 香花の頬をとめどなく透明な雫が流れ落ちる。そんな彼女を無表情に見つめ。
 光王は短いけれど、きっぱり断ち切るように言った。
「駄目だ。俺たちの間に、お袋の死という厳然とした事実がある以上、解り合えるすべはない」
 やはり、光王の頑なな心を動かせなかった。香花の力では、揺さぶることさえできなかった。光王の心は、そんなにも父親への深い憎しみと恨みで凍ってしまっているのだ。
 しかし、香花は、光王を判らずやだとも、意地っ張りだと責める気にはなれなかった。むしろ、それほどの憎しみを―しかも実の父親への憎悪を幼いときから二十年以上も抱き続けてきた彼を尚更、愛おしいと思った。
 そのときだった。
 表の柵に取り付けた鈴がかすかに鳴ったような気がして、香花はハッと顔を上げた。
 あまり自慢にもならないけれど、香花は人並み外れた聴覚を持っている。大抵の者であれば聞き逃してしまうような微細な物音すら、聞き取れるのだ。今の音も、普通なら聞き逃してしまうであろうほどの小さなものだった。

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