月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第1章 第一話【月下にひらく花】転機
「とは申せ、崔さまは万事に華美や奢侈を厭われ、質素倹約を旨とされていて、お屋敷にいる奉公人も雑用をこなす下男と飯炊きの老婆の二人だけだといいますよ。二人のお子さまたちのお世話をする年配の乳母が今はいるそうだけど、家庭教師が見つかり次第、こちらも辞めることになっていると聞きました。それでも、あなたは構わないというの?」
香花は小首を傾げた。
「叔母上さま、崔承旨さまと私が二人きりで何か不都合でもあるのですか? それに、下男と女中がいるというのなら、私は崔さまと二人きりというわけではありませんわ。ましてや、お屋敷にはお二人のお子さま方もいるのですから」
香花の無邪気な科白に、叔母は泣き笑いの顔になった。
「本当に、あなたという娘(こ)は。でも、そうなったらなったで良いかもしれないわね。この金家が絶えても、あなたさえ幸せになってくれれば、姉上も多分、私を許して下さるというものでしょうよ。崔さまは都でも評判の知識人でいらっしゃる。あなたが崔さまの後添いにでも迎えられることになったら、私もやっと安堵できるわ」
しまいの方は小声になり、香花は叔母が何を言ったのか聞き取れなかった。しかし、叔母が我が身を案じてくれるのはよく判る。
その朗らかで如才ない性格からか、叔母は両班でも上級貴族と呼ばれる大臣クラスの奥方たちとも親交がある。しかし、仮にも承旨を勤める高官の屋敷に姪を送り込むには、相当のツテが要っただろうし、第三者に間に入って話を通して貰うには金子も使ったに相違ない。
今回、香花を崔家の家庭教師に推挙してくれたのは、叔母の知人―学者として名を知られる張(チヤン)峻烈(ジヨンリヨル)の夫人であった。
香花は小首を傾げた。
「叔母上さま、崔承旨さまと私が二人きりで何か不都合でもあるのですか? それに、下男と女中がいるというのなら、私は崔さまと二人きりというわけではありませんわ。ましてや、お屋敷にはお二人のお子さま方もいるのですから」
香花の無邪気な科白に、叔母は泣き笑いの顔になった。
「本当に、あなたという娘(こ)は。でも、そうなったらなったで良いかもしれないわね。この金家が絶えても、あなたさえ幸せになってくれれば、姉上も多分、私を許して下さるというものでしょうよ。崔さまは都でも評判の知識人でいらっしゃる。あなたが崔さまの後添いにでも迎えられることになったら、私もやっと安堵できるわ」
しまいの方は小声になり、香花は叔母が何を言ったのか聞き取れなかった。しかし、叔母が我が身を案じてくれるのはよく判る。
その朗らかで如才ない性格からか、叔母は両班でも上級貴族と呼ばれる大臣クラスの奥方たちとも親交がある。しかし、仮にも承旨を勤める高官の屋敷に姪を送り込むには、相当のツテが要っただろうし、第三者に間に入って話を通して貰うには金子も使ったに相違ない。
今回、香花を崔家の家庭教師に推挙してくれたのは、叔母の知人―学者として名を知られる張(チヤン)峻烈(ジヨンリヨル)の夫人であった。