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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第9章 夜明け―永遠へ―

 伝次郎が大真面目な表情(かお)で言うのに、熊は微笑んだ。こんなときなのに、伝次郎といると、笑うことができる―、伝次郎はどうやら、熊の心を和ませる達人らしい。こんな風にこれからもずっと伝次郎と一緒にいて、その傍で彼の顔を見て声を聞いて、心から笑うことができたら、どんなに幸せだろう。
 熊の心は今、切ないほどに伝次郎を求めていた。
 伝次郎が躊躇いがちに手を差し出す。大きくて無骨な手は数々の戦を経て、固く傷痕だらけになっていた。だが、熊にとっては、歩くときに少し引きずる伝次郎の右脚さえ愛おしい。これからは自分が伝次郎の右脚の代わりになりたいと思う。伝次郎に守って貰うだけではなく、もっと強くなって伝次郎の支えとなりたい。
 この時、十五年間の人生で熊は生まれて初めて自分以外の誰かを守りたいと心の底から願った。
 伝次郎の手は彼その人のように温かくて頼もしそうだ。熊は差し延べられた手を迷うことなく取った。

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